SAORI OKADA

  • NAT: Japan
  • RESIDENCE: Hyogo
  • BIRTHDAY: January 31st, 1977
  • STANCE: Regular

About

◆◆◆◆スノーボードを始めた経緯◆◆◆◆
学生時代の友達に連れて行ってもらったのがきっかけになった初のスノーボードは、
小さいときからやってたスキーのおかげで雪の上を滑る感覚にそれほど怖さがなく、すぐに慣れてたような気がします。
初めてにしてはターンもできるようになって、周りの友達に褒められて「スノーボードって楽しい!」ってなっちゃいました。
で、そのままの勢いでスキーの道具を買うために貯めてたお金でスノーボード一式をお買い上げ。
(でも当時、周りも自分も知識がなかったのでレギュラーとかグーフィーとか知らず、利き足が逆のまま今に至ります。笑)

その頃は「雪山に篭る」という感覚もなかった上に自分で運転してゲレンデに行くという考えや経験もなかったので、
始めてから数年はバイト先の仲間や友達と一緒にシーズンに数回行く楽しいイベント的なスノーボードでした。

就職してからもそんな感じで滑ってたのですが、たまたま地元のバーのパーティーでその頃クロスのオリンピック候補だった三宅陽子ちゃんや中山絹代ちゃん、その周りの人たちと出会い、
”冬のシーズンを雪山で過ごし、夏は海外で滑る” という「仲間と一緒にスノーボードがある生活」に、衝撃というかとても魅力を感じ、
同時に「そんな環境でスノーボードがもっとうまくなりたい」という欲望が湧き出て、
そのシーズンは仕事しながら毎週末友達と一緒にバスツアーや誰かに乗せてもらったりで滑りに行くようになりました。

★ とにかくシーズン中のほとんどの週末をスノーボードに使いたかったので、土曜日友達に日帰りで連れて行ってもらって、日曜日は別の友達の車に便乗させてもらって、
★とかmixiで繋がった友達に連れていってもらったりもしました。笑 
★次の日仕事なのに月曜の朝に家に着いて板にwaxかけてそのままほとんど寝ずに仕事へ、、、なんて時も多々あり。

スノーボードを始めて「大会」を意識したのもその年からで、とにかく経験として大会に出てみたくなったけど
パイプはほんとに経験がなさすぎてよくわからなかったので、初めての大会はスノーボードクロス。
通いで大会に出る子が身近にいなかったので、この大会は”おひとりさま”で強行。
知ってる人は誰もいないし、なんだか周りのみんなは顔見知りばっかりそうやし(たぶんクロスの大会を回ってる人達)で、めちゃくちゃ心細かった。
そして初めての大会は技術も未熟な上になにもわからなさすぎてスタート後の最初のバンクでコースアウトで一瞬で終了という残念な結果。笑
そのまま帰るのも悔しいから大会後のコースを1人練習して転ぶだけ転んで帰ってきました。

その後も白馬や赤倉の大会に出に行ったりして、悔しさと「もっと滑れる様になりたい」という欲望を抱えつつ、この年の5月にその勢いのまま2年半働いてた会社を辞めました。
(ボーナスもらえる直前という前のめりに後々後悔。苦笑)

そして尊敬する人から「スノーボードはフリーランが大事!」という言葉をもらい、初篭り場所は北海道のニセコ1ヶ月。
このニセコがまた衝撃的で、一緒に滑る友達が普通の圧雪バーンのコースを滑らずすべてパウダーの非圧雪なコースばっかり。
はぐれるとどこをどう滑ったらいいのかわからないので、とりあえずパウダーなんて滑った事なかったけど埋もれても転げても必死に着いていきました。
2週間くらい全身の筋肉痛で半泣きの日々。笑

でもこのニセコでの生活のおかげでパウダーを滑る事のおもしろさや仲間と滑る事の楽しさを知り、自分たちで作ったアイテムを遊ぶ事でジブやジャンプに興味を持つようになり、
そのニセコの仲間とその年の夏からNZやカナダに行くようになったりと、スノーボードの幅がぐっと広がりました。

この初篭りの年から数年、シーズン初めの1ヶ月はニセコでパウダーフリーラン、その後本州は妙高や高井富士でパイプやスロープの練習にあけくれてました。
この頃にはパイプやジブの大会に友達とちょこちょこ出てみるようになったりしたかな?
夏のNZや海外の生活も、初めて訪れる土地と出会いに感動、高井富士での篭りの生活も仲間と共に、泣き笑い喜び...、と色んな感情と経験を味わいました。

私の中のスノーボードに対する気持ちの転機は2度目と4度目のNZ。
私に対して「滑りに対してそんな楽しいだけの意識のままじゃダメ」とダメ出しをしてくれた友達の言葉。
この時は毎日毎日滑ってるだけでうまくなると思い込んでた私にとって、言われた当初はあまりわからなかったけど、じわじわとボディーブローのように効いて来た言葉。
この後からやっと”上手くなるにはどうすればいいか”、を考えるようになってきた。笑

そしてその意識が変わり始めて、滑れる様になってきて、それでもまだ気持ち的に前に進めてないなと感じた4度目のNZで出会った人から言われた言葉。
「動かなければ始まらない。」
この当時、”ライダーになりたい” という意識が少しずつ芽生えてきてたけど、年齢的に無理だと勝手に思い込んでて自分で動くなんてとんでもない、と思ってた頃。
その言葉をもらって自分を奮い立たすことができ、その後日本に帰って色々考え、動き、色んな人と話してショップからサポートを受ける事ができました。

そしてその次の年JSBAのスロープスタイル部門初参戦にして自分の思うような滑りが出せず、予選敗退で死ぬほど悔しい気持ちを味わった後、
メンタル面を強くする為に、各地での大会という大会に出まくり、準優勝、優勝と徐々に勝てるように。
その年のシーズンを終えた頃にはショップを通してだったり、直接ゲレンデで声をかけてもらったりとギアのサポートを頂ける様になってました。
次の年は全国でも上位に入れたし、今まで出てた大会よりももっと上のレベルの大会で上位を目標に大会遠征をするようになりましたが、
そこで自分のスキルの足りなさを実感しました。
そこからは今の自分に足りないものを埋める為、さらに冬の滑り以外にも海外遠征、練習。

ここ数年怪我にも悩まされてはいましたが、リハビリ・トレーニングとオフトレにあけくれる日々。
でもこの頃が一番、はっきりとした目標が定まってて気持ち的にも充実していたように思います。
そんな時期のheadからのサポートのお話はとても嬉しかったし、より一層スキルの高い滑りをしたいという気持ちが生まれたし、
その時その時の自分にできる事を常に考え動いて行こうと思えましたね。

基本「楽しい」と感じれる事が自分にとっての行動のエネルギー。
ベストコンディションでパウダーに当たれば「楽しい」
知らない事を知れることが「楽しい」
上手くなることが「楽しい」
勝つことが「楽しい」

「怪我」で滑れない時間もなにげに多かったけど
でもこの「楽しさ」をエネルギーに今までを経験し、考え、動いて来た事は自分の中で一つも後悔としては残ってないんですよね。
少し遅くはあったけど仕事を辞めてスノーボードをするって思ってから、簡単に手放したりはしないって決めて入った世界やし、
私にとっては常に楽しんでいける場所があっての人生。それがスノーボードのある生活。

ただ今思う事は
色んなきっかけを元にやり始めたスノーボードに対しての楽しみ方や考え方は人それぞれで、
自分が経験してきた中で「楽しい」と思いながらスノーボードを成長して行けた機会や場所を作っていく事で
そのそれぞれの今スノーボードをしている子達を色んな形で手助けできればと思います。

その形としての一つが女の子だけのジブの大会の開催だったり、headの新しく作ったガールズチームであったりと、
headに協力を頂いて自分のできる事をやっていこうと前を向いて動けている今
headのガールズライダー達とたくさんのスノーボードをこれからも楽しんで行こうと思っています。


スノーボード楽しさにはまり、ライダーを目指していた数年前。ライダーを経て、今はイベントプロデューサーや若手のチームマネージメントをするほど成長した岡田沙織の今、そして、これから!!

スノーボードとの出会いは?
就職していたけどやめるほどはまったというスノーボードの魅力は?
同じように仕事あるけどスノーボードにチャレンジしたいという人へのメッセージを!
かなり行動的だと思うんだけどその原動力は何?
楽しさってのがことばのキーポイントだと思うけど詳しく教えて!
大会に出るようになって勝てなくて。。。そこを乗り越えるモチベーションは?
大会も勝てるようになってスポンサーがつくなんてやれば出来るね?
海外生活の魅力は?
怪我をかなりしているけど乗り越える時の信念は?
Headのライダーになる経緯は?
今ではイベントプロデュースをしているけどすごいね?
Head 新生Girk’s team をうまくコントロールしてるんだって?
これからの若手に期待することは?!
これからの岡田沙織はどこを目指す?

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